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「鑑定士と顔のない依頼人」解説

「鑑定士と顔のない依頼人」はロマンチックなミステリードラマだ、私は主人公の天涯孤独で友人もいない、楽しみは自宅の隠し部屋の壁一面に飾った女性の肖像画を優雅に鑑賞する、美術品を背景にした甘美で絢爛な世界感がたまらなく好きです。

この作品の一番の見どころはやはり結末のドンデン返しでしょう。この衝撃のドンデン返しによってもう一つの物語同時に進行していたことが判明されます。私は映画の予告編を見ないで本編をいきなり見たので、女性と縁のないバージルが姿を見せないクレアに心惹かれていくストーリーだけでも十分に楽しめました。むしろ後半になって何か起きそうな雰囲気になったとき、「このまま何も起こらずに終わってほしい」とさえ思いました。

ですので、あのドンデン返しには本当にショックでした。最後の最後まで何か新しい展開がないかわくわくしてましたが、ついに期待していた「再ドンデン返し」は起こりませんでした。

結末を受け入れたくないもたくさんの疑問を解消すべく、記憶をどんどん辿って行き謎解きゲームにはまっていきます。

主要登場人物

バージル(主人公の鑑定士)
クレア(顔を見せない女鑑定依頼人)
ロバード(修理屋)
ビリー(バージルの仕事仲間)
カフェのクレア(カフェにいる数字に強い女性)
サラ(ロバードの彼女)
邸の管理人(フレット)
バージルの秘書
女性客2名(ロバードの修理屋に来ていた人)

登場人物の中、どこまでがグルだったのか?

全体の計画を知る人はビリー、ロバード、クレアそしてサラだけだと考えられます。まず犯罪学から言えば、犯行人数が多ければ多いほど失敗する確率が高くなりますので、犯行できる最少の人数で実行するのが論理的で現実的です。そして計画の全体図を教えないと実行できない役割かどうかがポイントです。

邸の管理人フレットは、クレアに関するうその情報をバージルに流していたため計画に関与していることは明白です。しかし、後半になってくると存在がどんどん薄くなっていたため、管理人役だけで雇われたと考えられます。そして全体の計画を教えなくても、特にバージルの秘密の絵たちに関しては知らなくても計画になんら影響がない、寧ろその方が好都合です。

バージルの秘書は、全編を通して疑わしい点が一切ない人物です。映画としても秘書までが犯行に関与しているとなると、遊びが過ぎて策士が策に溺れて信憑性がなくなり、成立しにくい。

ロバードの修理屋に来ていた2名の女性客は、単にロバードに利用されたと考えられます。計画を一切教える必要がありません。金髪の女性はロバードが女性にもてていることをバージルにアピールする必要がありました。実際ももてる男であることは間違えないでしょう。そして、黒髪の女性は後にバージルの車のトランクから出てきた黒いGPSのくだりが映画のストーリーとして必要だった。

カフェのクレアは、館の本当の持ち主で数学に強いが秘密を守れるような人ではないので、陰謀などに向かないです。何より館を貸しただけでいいので、それ以上の役割が必要ありません。

ビリー、ロバード、クレアは間違えなく全部知っているが、問題はロバードの恋人サラです。計画を知らなくてもいいような人物ですが、最後の最後までずっとクレアとロバードと釣るんでいたことからかなり怪しい人物です。

バージルの恋の相談役を務めるのにロバードはもてる男であり、彼女がいるという設定が必要だった。それだけではなく中盤で一度、ロバードがクレアに恋心を抱いているとバージルに思わせ嫉妬させてさらに恋に落ち込ませるためにサラがバージルに愚痴っていたことなどから、サラは欠かせない存在です。

サラが計画を知らなかったと仮定した場合、ロバードがサラを騙したとしても犯行が成功するまでに本物のカップルでいる必要があります。しかし、その間ロバードは裏でいろいろ動かないといけないため、サラがいろいろ疑問を持つようになり、詮索したり追及したりすると計画が破断する可能性があります。

これらを総合するとサラが計画を知らないというのはとても無理があります。そして決定的なのは、バージル、クレア、ロバードとサラ四人がレストランで食事していたとき、クレアが家具を売りたくないと言った後、サラの目線や表情は計画を知っていたと推測できます。

ロバードという役割は必要だったのか?クレアだけじゃ無理だったか?

バージルは「生涯童貞」を守ってきたけれど、今まで一切女性と関わりが無かったことはありえないので、ある程度免疫はあるはずですし、何よりバージルとクレアを会わす口実が必要です。その口実はオートマタでありロバードであります。そして次第にクレアに惹かれていくバージルの恋の相談役として状況を把握し情報をクレアに流し計画を調整しながら進行させていました。

初めてバージルが帰ったふりして石像の裏でクレアを見ていたとき、クレアはバージルがいることは知らなかったが、二回目のときにクレアが電話をしたり、バージルが隠れていた石像から股間が見えるような正面に座り、足の指を舐めたりして誘惑したのは一回目のことをバージルがロバードに教えたからです。

無論、ロバードという役割は必要不可欠です。因みに、ロバードがバージルに教えていた「恋テク」は、そのままクレアがバージルに使っていたのと同じです。インパクトとか、意外性とか、予想を裏切る、大胆に攻めるなどです。

計画はいつから?

館の本当の持ち主カフェにいるクレアが館をロバードに貸したのは「2年間」だったので、当然計画してから実行なので、少なくとも2年前からと考えられます。バージルがロバードと仕事するのは「しばらくになる」と言ったので5年とか10年ほど長くないでしょう。

見事な伏線

ロバードが黒い髪の女性客に新しい黒いGPSを渡した。 ⇒ バージルの車のトランクに仕込まれていたのと同じやつ。

バージル、ロバード、クレア、サラ四人がレストランで食事をしていて、クレアが家具のカタログを手に取って見ていたとき、「気に入らない?」と聞いたロバードをクレアが冷たい目線を送った。そこまで親しい関係ではなかったはずなのに。 ⇒ 共犯だったから。

ビリーがずっと文句を言わずに安い賃金でバージルのために働いた。 ⇒ 名義上、絵画を買ったのが全部ビリーだったのでビリーが売りに出しても疑われない。

バージルが引退後、ビリーに私の絵を送っておいたと言われた。 ⇒ バージルがクレアの母の絵画の裏面に「バージルへ、愛と感謝をこめて、ビリーから」と書いてあったことに気づく。

カフェに数字に異常に強い変な女性がいる。 ⇒ その女性がすべての謎を解く唯一のカギだった。

ロバートがオートマタ(機械人形)に「いかなる偽物の中にも必ず本物が隠れている」と言わせた理由?

バージルがフォーカンソの作った喋るオートマタは「いつも正しい答えを言う」と言っていました。それでロバードが「ネタばらし」をオートマタに喋らせようと思いついたと思います。そして「いかなる偽物の中にも必ず本物が隠れている」には四つの真意があります。

一つ目は、偽のものオートマタに一つだけ本物の部品が使われていました。偽物である根拠としてはロバードにそんな高価なものを所有しているはずがないのと本物ならばバージルに残すはずがないです。そしてバージルを騙すために、フォーカンソの名前が入った歯車を軸にくっつける18世紀の技術を使った本物の部品を一つだけ用意して、それをバージルに見せた。

二つ目は、クレアの偽物の物語に本当の情報が含まれています。邸の本当の所有者の名前もクレアで障害があり家から出れないのもほぼ一致しています。

三つ目は、「いかなる偽物の中にも必ず本物が隠れている」はバージルがインタビューで自らが喋っていた言葉なのです。つまりバージルはこの言葉を信じています。ですので、詐欺ではあったが、クレアの愛は本物だと信じさせるために、暗示をかけていたのです。

そして四つ目は、映画の括りとして中心テーマである「いかなる偽物の中にも必ず本物が隠れている」を観客にぶつけています。

邸への家具の入れ出しが3回あったとカフェのクレアが言ったが…

邸を借りた後、まず家具を一回は入れます。バージルが査定をするため一回出します。クレアがやっぱり売らないと決めたからもう一回いれます。そして最後にもう一回出します。これで2回入れて2回出しています。

カフェのクレアが3回入れ出しがあったと言っていたが、あとの1回はなんだったでしょうか?推測ではバージルをうまく騙したら邸にある家具を売るために、別の業者にバージルが鑑定する以前に一回鑑定してもらっていたのではないかと考えられます。

ラストの一連のシーンの順番

1、バージルが絵画が全部無くなっているに気づく。
2、あちこちでクレアを探す。
3、カフェのクレアの話を聞く。
4、ロバードの店に行って、店が空になっていることを確認。
5、クレアに何度も電話をかけるが、クレアは出ない。
6、クレアの母の肖像の裏を見て、ビリーの名前を確認。
7、車のトランクからGPSが見つかる。
8、警察に通報しようとするがクレアとのセックスシーンを思い出して諦める。
9、入院する。
10、秘書が郵便物を持って会いに来る。
11、リハビリを始める。
12、電車でクレアが修学旅行で行っていたプラハへ向かう。
13、天文時計がある広場の隣で部屋を借りる。
14、変わった内装の店「ナイト&デイ」でクレアを待つ。
※(クレアとのセックスシーンを思い出しながら)

クレアの母の肖像、本当はクレアの肖像なのでは?

クレアの物語が嘘なので、母の肖像もうそであろう。ビリーが描いた絵ならクレアである可能性が大きいです。実際クレアに似ていましたし。クレアの絵だと言わないのは「広場恐怖症」と矛盾が生じるからです。最後までバージルがあの絵を持っていたのもその証であります。

ミステリーとしてトリックと矛盾する点は一切無かったのか?

全編に通して綿密な計算によるトリックが見事としか言いようがありません。その場合はトリックが明らかになったあと、なるほどと思えるようなどっちでもとれるような演技や演出が多く含まれます。しかしとはいえ映画を成立させるために観客を騙すために必要不可欠な演出も欠かせないです。つまりトリックと多少矛盾する気にならない程度の演出が存在します。

しかし、「鑑定士と顔のない依頼人」ではまだ見つかっていません。ですが、疑わしい一箇所がありました。それは暴行を受けたバージルをクレアが助けに行くくだりで、バージルが倒れていて見ていないのに、クレアがうその病気を克服して出てきたかのような演出がありました。最初はこれは完全に観客を騙すための演出だと思っていました。

しかし、何回も見ているうちに気が付いたのは、バージルが殴られ倒れてからちゃんと邸の光が付いている窓を確認してからクレアに電話をしたのです。つまり、お互いが見える距離だった、実際クレアもバージルが倒れているところを確認してから邸から出ていました。そんな見られているかもしれない状況で気を抜くはずがありません。

クレアはバージルを愛していたのか?

バージルが愛されていたか愛されていなかったか?この映画の最大のテーマでもあります。「いかなる偽物の中にも必ず本物が隠れている」とあるように「詐欺ではあったが、クレアの愛だけは本物だった」と感じるのは当然なことです。

様々な捉え方ができる稀有な映画なのでどう思っても不思議じゃありません。私の考えではクレアはバージルを愛していなかった。本当に愛したなら、詐欺を中止する選択があったはずです。そんな映画やドラマがたくさんあります。

本当に愛したなら、詐欺を中止しなくても、最後のシーンでバージルが待つレストランに会いにくるべきでした。行動を伴わない「愛」は愛ではありません。愛したから消えるというパターンは今回の映画に当てはまりません。

ラストはハッピーエンドだったのか?

クレアがチーフという人(恐らく主謀者のビリー)に「最終章を書き直したい、もっと明るい結末にしたい」と言っていました。クレアたちにとっての明るい結末は、自分を愛していると感じたバージルは警察に行かなかったことです。バージルにとっては詐欺であってもそこに愛はあったかもしれないという可能性です。「どんなことがあってもあなたを愛している」と言ってましたし。

パンフレットにある監督の言葉によるとラストはハッピーエンドであり、テーマは愛だそうです。最初も最後もバージルが一人でレストランに座るシーンがあるが、その前後で何が変わったか?愛という観点からすればハッピーエンドだったかもしれません。少なくとも、もしかしたらクレアが現れるかもしれないという希望があった。

この問いに関しては観客が決めるよりバージルにとってどうだったかです。しかし、ラブストーリの追体験の代償としては高すぎました。それとクレアは最後まで現れないと思います。バージルを愛していないからだ。因みに、クレアが「ナイト&デイ」の話をしていた時、もう一度行こうかと尋ねたバージルに返事をしなかった。これもクレアが現われないことの伏線かもしれません。